歯と肩当て
 

  先日、山の例会で歯の話で盛り上がった。いつも、例会が終わるころ決まって現われるクラリネットのMさんがめずらしく早い時間に顔を出した。Mさんはよく歯の治療をしている。“歯の具合はいかがですか?”との問いに、“今、歯の治療中で調子はもひとつ”との答え。なんでも、クラリネットは歌口をしっかり噛まないと演奏できないそうで、今日の演奏はお休みとのこと。クラリネットとチェロを奏くTさんに聞くとやはりそのとおりで、クラリネット奏者だったTさんは最近、歯に負担の少ないチェロをはじめたと語っていた。フルートのFさんによると、フルートでも歯が大事で歯の治療をするとフルートの音が変わるそうだ。

  歯科医のHさんはかみ合わせは特に大事で、左右のバランスがくずれると肩こり,頭痛の原因となると。一時スポーツ選手の間でマウスピースが話題になっていた。Iさんはそれには割り箸を咥えるのが良いという興味深い話も出て、喧々諤々…

   

  弦楽器や管楽器では、声と同様に演奏者自身が聞いている音色と、聴衆が聴いている音色とかなり異なっている。ピアノでは楽器と体が離れており、聴衆の聴く音に近く、ヴァイオリン奏者の私としてはうらやましいかぎりである。しかし、ピアニストに聞いてみると、ピアノのふたを閉めると音が相当変わるとのこと。

   ヴァイオリンには肩当てがある。肩当ての利点はヴァイオリンがしっかり保持できる点だ。京男である、なで肩の私はとても重宝している。私は20歳前後には無理をして肩当てをはずしていた。ヴァイオリン奏者のE氏だったと思うが、ヴァイオリンの響きは体の骨に伝わり、それが床に伝わり、良い響きが出ると言う話を聞いたからのように思う。ただ、あごでしっかり楽器を固定すると高音の響きが悪くなる。そこでそのころは、ここぞと言うときは肩を楽器からはずして演奏していた。最近は肩当てをして楽に演奏しているが、あることに気づいた。歯を浮かせて奏くと、骨道音(直接頭に響く音)が少なく、聴衆の聴く音色に幾分近づく。力みが少なくなる長所もある。私の演奏上のこだわりである。

 ギドン・クレーメルの口を空ける演奏スタイル、あなたはどう想いますか?

  (TNVN 2001.5.20.)