演奏会場の響き
 

  先日、友人のピアニストFさんのコンサートが奈良市の文化会館で開かれた。毎年春に開かれる恒例のコンサートで、ピアノ、声楽、ヴァイオリン、マリンバのソロが繰り広げられ、変化に富んだ楽しい演奏会だった。Fさんはショパンの小品を美しい音色でしっとりと演奏した。

  そのコンサートで少し残念に思うことがあった。残響が程よく残り、それぞれの演奏者の響きもよかったのだが、何かもどかしい。2000人ほども収容できる広い演奏会場のため、音のつぶがどうしてもぼやけてしまうのだ。そのため、演奏者との一体感、さらに音楽との一体感、そして緊張感もえられない。広いホールはよく響く。それはお化粧のようなものだ。演奏家の素顔がみえてこない。ソロの演奏の魅力は、素の演奏家が音楽作品と向き合って、精緻の妙を伝えることだと思っている私にとっては少し物足りなかった。

   

  といっても、クラシック音楽にとって演奏会場の響きはとても大事である。響きがほとんどない演奏は味気ない。クラシック音楽はもともと室内楽から始まった。楽器も曲目もそして演奏法までも、演奏会場の響きを念頭に作られている。一度琵琶湖の船の上でヘンデルの水上の音楽を演奏したことがある。企画としてはおもしろかった。しかし、他の演奏者の音も聞こえず、リハーサルではなかなかと思っていたのだが、本番演奏は悲惨なものとなった。

  その点、邦楽となると異なってくる。邦楽の起源は野外音楽である。笛、太鼓その音色は鋭く芯が太い。やがいでも遠くに届くことが大事で、よい演奏はスケールが大きく、回りの木々突き刺さらんばかりの迫力がある。

  話がややそれたが、クラシックのソロや室内楽では、程よい大きさと響きの演奏会場がその演奏を引き立てる。木造の高い天井がよいようだ。最近は、室内楽のCD(昔はLP)などの録音に、教会が頻繁に使われている。

  あなたのお好みの演奏会場はどちらですか?

  (TNVN 2002.4/7)